もうどこだか忘れてしまったけれど、ロンドンにあったアンティークショップでゴールドの指輪を見つけたことがあった。貴金属ばかりを扱う店だったので、鉄格子の入ったガラスのドアの前に立ち、ブザーを鳴らすと奥から初老の店主が現れて鍵を開けてくれる。90センチ巾のショウケースが2個置いてあるだけの小さな店だった。
僕が気に入った指輪はシグネットリングと呼ばれる男性が小指にするタイプ。シグネット(印章)名前の通り、たいていは何か本人を表すマークが入っていて、その指輪も誰かの印(しるし)が入っていた。それがどんなデザインだったかは忘れてしまったけれど、はっきりと覚えているのはそのゴールドの地金だった。わずかにピンクがかっていて、店の主人に聞くと「ローズゴールド」だという。
ピンクゴールドというのは日本でも聞いたことがあるけれど、それとは少し違っていた。値段を聞いて、(1ポンドが250円のころだったから)二日間ホテルで悩んで、もう一度訪ねたら店は閉まっていた。帰国の日になり、結局その指輪は手に入らなかった。
それから何年もたって、友人夫妻とお茶を飲んでいたら、ふとしたことから「腕のいい彫金師がいる」という話になった。僕はローズゴールドのシグネットリングのことを思い出し、頼むことにした。
一年ほどして、(友人夫妻と彫金師の人にはいろいろとワガママな希望を言って苦労をかけてしまったけれど)リングが手元に届いた。小指に通したら、ぴたりとフィットした。