僕は勤めたことがないので、オフィスで働くということに何か憧れに近い感覚を持っている。ただ、僕が知っているそんな仕事場のイメージは、映画や小説の中だけのものかもしれない。
僕が学生の頃、メリルリンチという外資系の会社のオフィスを見せてもらったことがあった。ワークチェアは座り心地が良さそうだったし、その頃としては珍しく、それぞれの机にイーサネット・ケーブルが巡らされていて驚いた。
知り合いのワイナリーに遊びに行ったとき「ブドウを育ててワインをつくるなんて、素敵な暮らしですね」って僕がいったら、実際は毎日土だらけで「そんな優雅なもんじゃない」って教えてくれた。
だから、もしかしたら僕のオフィスのイメージは幻想なのかもしれない。気の知れた仕事仲間がいて、自分の机の上に内線電話があって、抽き出しをあけるとホチッキスが入っている、みたいな…。
自分の職業と他人の職業。選んだ道と選ばなかった道。
日々を過ごしていると、自分が選ばなかった道のほうが遥かに多いことを、つい忘れてしまう。だから、そんな選ばなかった道のことをときどき想像する。